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なぜ農業なのか?

歴史的に見ても、また聖書の中の多くの記述からも、キリスト教と農業は非常に親和性の高いものであると言えます。

 

例えば、聖書によれば人は「土から取られた(創世記3:19)」存在であり、その「土に帰るまで 額に汗して糧を得る(同)」ように、神ご自身によって定められています。

 

また教会の歴史に中には、一部の修道会なども含めた多くのキリスト教的農業共同体が存在してきました。

 

その上で、私としてはカトリックのドミニコ修道会司祭であり、信州八ヶ岳山麓に「高森草庵」を創設した押田成人神父やハンセン病療養所内での農耕を中心とした生活の中で多くのすぐれた作品を残した詩人、志樹逸馬の詩の世界への深い共感から農業と教会の両立を目指しています。

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